アートを介してあたたかいふれあいの場所作りにチャレンジされている伊藤千津子さん

1月のチャレンジする高島人は、「アートを介してあたたかいふれあいの場所作りにチャレンジ」されている伊藤千津子(73才)さんです。


Q)ギャラリー"藤乃井"のオーナーである伊藤さんをお訪ねしました。 宜しくお願いします。  お隣は郵便局だったのですね。

DSC06652c.jpg伊藤さん) いらっしゃいませ。 そうです。 曾祖父の時から夫の時代まで3代にわたって郵便局をやっていました。 昔は電話の交換手さんたちもおられて賑やかでしたよ。

Q)すると、伊藤さんも嫁いでこられて郵便局のお仕事を?

伊藤さん) いえ、そうではないんです。 私は栄養士の資格を取り高島に帰って病院でお勤めをしたのですが、そこでは病気やケガから立ち直っていく様々な人達と巡り会いました。 若い時でしたからショックもありましたが、生かされている命に対して必死な人達やお医者さんや看護師さん達の姿を見て専門職としての心構えというか、覚悟が出来た様に思います。

Q) 学校給食の現場に長くおられたと伺いましたが...

伊藤さん) そうです。 病院で2年仕事をして隣町から伊藤の家に嫁いできましたが、義父も夫も私には栄養士のライセンスを活かしいて欲しかったようです。 そして自分で身につけた技術で仕事をするように後押しをしてくれました。 それで安曇川町の学校給食のお仕事をするようになりました。 嫁として、妻として、母として、そして職業人として必死でした。 そんな状態で30年ほど仕事に明け暮れて53才になった時、3人の子どもも成人していましたし、ふとこれからもこのままで良いのかなと疑問に感じたのです。

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Q)といいますと。

伊藤さん) 丸30年間、精一杯仕事をしてきたという気持ちもあり、仕事も充実していて達成感もあったのですが、自分の人生はこれだけの可能性しかないのかなと。 それと義母にも少し手がかかるようになってきたので、一旦仕事に区切りをつけて、第二の人生にチャレンジしようと決心しました。 実は、私は30年間仕事ばっかりで地域の人達のことをほとんど知らなかったのです。 で、仕事を辞めて趣味のグループの人とか、農業をされている方々とお話すると、手作りでいろんなものを作られていて、そんな周りの人達が輝いて見えたのです。  自分が出来ないだけに、本当に魅力的に思えました。 それと、実は伊藤の家は郵便局を始める前は造り酒屋で、当時の家は築200年も経っていて、これを改築しないと使いづらいというようなこともあって...

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Q)普通に考えれば、栄養士のライセンスを活かせるレストランとか喫茶とか...

伊藤さん) そう言うアドバイスもいただきました。 でも、喫茶店ではテーブルなので同じ建物空間にいる人達が共通の話題を作れないと感じました。 実は、40代半ばのこと、県の栄養士会の"研究まとめ集"を作ることに関わったのですが、その時 牛乳パックをほぐして紙をすいて、それに障がいをもった子どもさんたちに200枚の絵を描いてもらったのです。 そしたら本当に素晴らしい絵が集まって、それを表紙にして"研究まとめ集"を作りました。 表紙が全て異なるんです。 その試みが注目されて文部大臣賞をいただきヨーロッパやアメリカへ研修旅行に行かせていただきました。 当時、アートのことはあまり分かりませんでしたが、パリのルーブルとかロンドンの大英帝国博物館とかを回って世界の一級品にふれました。 そこで何というんでしょう、こういう凄い世界があることをはじめて知りました。

Q) 今で言うアールブリュットとか、世界の一級品にふれられたわけですね。

伊藤さん) そうです。 そのことが、家を改築しようという時に心の片隅から表に出て来たというか。 それで、夫にも協力してもらって各地の個人ギャラリーとか美術館を回って、アートの勉強やギャラリー運営の勉強、そしてどの様な家にするのが良いのかとか様々な勉強をして。 気がついたら5年間も経っていました。 でも、それだけ勉強したんですが実際にアート作品の制作をされている方々との人脈がないわけです。 そんなときに、あるグループからモデルになって欲しいという依頼を受けたんです。 もう50代も半ばを過ぎているのにモデルなんてと思いましたが、裸を見せるわけではないので(笑)、皆さんの前でモデルをさせてもらったんです。 それが、人脈面で越えたと思えた瞬間でした。 そして、築200年の家を解体して新築したのがこの建物で、生活空間とギャラリーとして使わせてもらっています。

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Q) それから もう10年以上経ちますね。

伊藤さん) 実は、この3月に15周年の記念展示会をしようとその準備に明け暮れています。 夫は5年前に亡くなったのですが、実際には10年ほどこのギャラリーの運営を一緒にやってきました。 今から思うと、夫は私にゴムの手綱をつけていたように思います。 いろいろなことを自由にさせてくれましたが、やり過ぎるとゴムだから引き戻される。 それで引きどころなども分かって、夫が亡くなってからも多くの人達に助けていただいてやれているのだろうと思います。 そうしたら、数年前に地域の有名な先生から「押しも押されぬ"藤乃井"になったね。」と言葉をかけていただき、私たちの努力を評価して下さいました。 これは本当に嬉しかったです。

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Q) ところで"藤乃井"って言う名前はギャラリーらしくないというか...

DSC06626b.jpg伊藤さん) "藤乃井"は造り酒屋時代の屋号なんです。 古い家を再生させる時に屋号も生きかえってもらいたかったので、どうしても"藤乃井"にしたかったんです。

Q)思いのこもった "藤乃井"の運営についてご紹介下さい。

伊藤さん) 私は、プロの方々の作品と言うよりも、一人一人は名もないけれど、暮らしの中で、そして地域の中でコツコツと素晴らしいものを生み出されている方々の作品を、この空間で、作者の方と、それを楽しみに見に来て下さる方々とが一緒になって作品を楽しく鑑賞し、語り合って、人と人とがつながって下さることを願っています。 核家族化や都市化などで、人々の交流が薄れている中で、地域の絆とか、家族のつながりの再発見の場というか、あたたかいふれあいの場としてギャラリー"藤乃井"が地域にお役に立てているかなと思うと嬉しいのです。 公務員生活だけで終わっていたら、こんな素晴らしい人達との出会いや、素晴らしいアートの世界は知らないままだったように思います。

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Q)作家さんと 作品を楽しむ人達がアートを介してコミュニティーを作るって素晴らしい取り組みですね。 今日は本当に有り難うございました。

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