障がいのある人たちが地域で普通に働ける環境を作ろうとチャレンジされている田村きよ美 さん

3月のチャレンジする高島人は、「障がいのある人たちが地域で普通に働ける環境を作ろうとチャレンジ」されている 社会福祉法人 虹の会 の 田村きよ美 さんです。


Q) こんにちは。 虹の会の「ぎょうれつ本舗」の事業が、市外でも知られる様になってきましたね。

MsTamura.jpg田村さん) 有り難うございます。 「ぎょうれつ本舗」の事業をスタートして4年目になります。 以前なら、障がいのある人たちは福祉サービスを受ける側でしたが、「ぎょうれつ本舗」では、高齢者向けサービスを提供する側に変われるのです。

Q) もう少し詳しく説明していただけますか。

田村さん) 今、全国的に高齢化問題が深刻な状況になって「買い物難民」というコトバまで生まれました。 高島市でも、まちの中心部まで買い物に行けない人たちが増えています。 そうした人々がおられる集落に、障がいのある人たち自らが食料品や生活必需品などを複数の移動販売車に積み込んで訪問し、困っている人を支援しようという取り組みです。 高島市の協働提案事業として三年間活動を行ってきまして、訪問先の方々から喜んでいただいています。

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Q) そして、最近 新旭駅前にできた観光物産プラザにカフェをオープンされました。

田村さん) ハイ、「MIZU café COCCO」です。 ここは障がいのある人たちが働いていることは前面には出していませんが、料理や接客が得意な人たちが働いています。 私たちが考えているのは、ここを「ぎょうれつ本舗」の拠点にして、高島市の中で循環する仕組みを作ろうということです。 例えば移動販売車の訪問先で、「ぎょうれつ本舗」のお客様からヨモギとか山菜などを仕入れて持って帰ってくる。 それをカフェのメニューに使ったり、お菓子やお総菜に加工して商品にし、また移動販売車で届ける様な仕組みです。

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Q) 「ぎょうれつ本舗」の話しをお聞きした時、凄いと驚きましたが、さらに高いステージを目指されているのですね。 ところで、田村さんが福祉の現場に入られたきっかけは?

田村さん) 私は子育てが一段落してから8年間ほど小学校の臨時講師をしていました。 その時、担任していたクラスに知的障がいの子どもさんがいたんですが、まわりの子どもたちの接し方が感動的だったんです。 遊びや行事を考える時、いつも 「A君ができることを考えよう」とみんなが話し合うのです。 障がいがあるとかないとかは関係なく自然体の子どもたちに一人ひとりを大切にすることの大事さを教えてもらいました。 私は福祉について勉強したこともなかったのですが、平成9年にオープンした知的障害者通所授産施設 アイリス (国の認可を取った通所施設としては高島市の第一号)で、新たに職員の募集があったんです。 で、これは私の関わるべき仕事だと思って応募しました。 それから、いろんな人達との出会いがあって、福祉についても学びながらここまで来ました。

Q) 虹の会 の「ドリーム・あんです」は、障がいのある人たちのための働く施設ということですが、スタート時はどうでしたか。

田村さん) 正直なところ当初は障がいのある人たちを見守りながら職員が工賃を稼いでいる様な実態もありました。 そんな中、国が平成19年から「工賃倍増5ヶ年計画」という施策を掲げたんです。 施設で働く障がいのある人たちの工賃を上げようという考え方です。

Q) 工賃ですか?

田村さん) そうなんです。 施設で働く障がいのある人たちは雇用契約を結ぶ労働者ではないので、賃金ではないのです。 加工に対する対価と言うことで工賃になります。 私たちは、コンサルタントの指導を受けて、当時平均で月1万7千円の工賃を5年間で3万円になるようにと年次計画を立てました。 障害基礎年金が月額で約7万円と考え、自分で3万円稼げれば生活費が最低でも月10万円になるという考えでした。

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Q) でも、先ほど実際には職員さんたちが作業していた様な実態もと伺いましたが...

田村さん) この施設がスタートした当時は、「障がいのある人が作ったものだから買ってください」というような、お情けで買ってもらう様なところもありました。 でも 障がいのある人が自立するにはそれではいけないと思って、材料にこだわって美味しいものを作って売ろうと軌道修正したんです。 川端(かばた)で有名になった針江の美味しい水をいただいてきて、国産の小麦粉を仕入れ、地元でも評判の卵を買ってきてパン作り。 ビジネスとして当たり前の考え方で再スタートです。

Q) それで順調にいきましたか?

田村さん) 例えGyoretsuHonpo03.jpgば食品加工を考えてもいろんな作業がありますね。 ですから、「機械操作は危ないから無理だ」と考えるのではなくて、私たち職員が障がいのある人個々の得意な面は何だろうと考えるようにしたのです。 例えば数字の得意な人には小麦粉の計量をやってもらうと上手くできましたし、接客が得意という人には販売を担当してもらいました。 結局、「障がいのある人にはできない」というのではなくって、「得意なことは何か」を探していったら最終的には5年間で月3万円の目標はクリアーできました。 でも、食品製造を障がいのある人たちにやってもらうわけですから苦労もありました。 衛生面については特に学習の機会を設け意識を高めてきました。また、週末に開催されるイベントに出店するため休日の仕事が徐々に増えてきたのですが、初めは休日出勤をためらう人も多かったので困りました。しかし、仕事をする時間が増えると工賃が増える、たくさん商品が売れると工賃も増えることがわかってきてからは休日にもしっかりと働いてくれるようになりました。仕事に対する意欲が高まってきたのです。

Q) 職員さんが作業する様な現実から、障がいのある人たちが自ら稼ぐ段階へとステップアップですね。

田村さん) そう言う時に、コンサルタントの方からアドバイスをいただいて「ぎょうれつ本舗」をスタートできました。 それを新聞や雑誌などで取り上げていただき全国的にも先進事例だと評価いただけるようになって。 もちろん経営的には厳しいことには変わりがないのですが、やってみると障がいのある人たちの働く姿、意気込みがドンドン変わってくる。 働いて他人から認めていただくと世の中の役に立っていることが分かって自信につながってきたのです。

Q) そして、昨年秋に「MIZU café COCCO」も開設できて、さらにステージが上がりましたね。

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田村さん) 障がいのある人たちが地域の中で普通に働ける場を、もっともっと増やしていきたいと考えています。 そして、私たちの取り組みが「人に優しい高島のまち」の仕組みのひとつになればと思います。

Q) 今日は素晴らしいお話をお伺いしました。 有り難うございます。


【リンク】 社会福祉法人 虹の会  MIZU cafe COCCO

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